差別という単語から連想する

差別されたくない人を差別すること

差別されたい人を差別しないこと

どちらの方が、より残酷なのだろう

「差別」の全廃論を目にする度に

差別化を図るという事象への盲目さが

気に障る

周く凡ての存在が平等であるのなら、

等しく総ての存在は全責任を負う

本当に、それでいいの?

本当に、それがいいの?

松葉杖をつく人にも等しく走れと促す社会

それが、望まれる世界なのかしら

そんな逆説を、打ち立てる

 

珍しくブラックに始めてみましたこんにちは、rinkoです。

少し昔の古傷を、持ち出してきていますw

会社勤めの頃に、レクリエーション活動で失敗して足の骨折&靭帯損傷をダブルでやらかしてしまったことがきっかけです。

会社3週間休んだ上に+3週間ほど松葉杖でした。

そんで通勤は電車だったんですが、ある日の帰り。改札口まで来たタイミングで、発車時刻まで「残り1分」でした。

乗車口までは「走って1分」の距離。私は松葉杖のまま改札の方に尋ねました。

「間に合いますかね?」

回答は「急げば間に合うんじゃないですか」でした。

素直だった私(笑)は、急いで松葉杖でがっしょがっしょと進んでいったわけです。

・・・改札の方はマイクも持っているので、電車の運転士に無線連絡を入れてくれるのではないかとも思って。

まぁ、そうしたら、電車の最後尾3m手前で無情に電車は発車していったんですよ。

見ろよ!

いるよ!

言っといてくれよ!

・・・そんな単語が脳内で渦巻いてました。あ、ちなみに実家はド田舎ですので、その電車を逃すと

55分待ちでした。

とぼとぼ改札に戻ると既にその人の姿はなく、別の方になっていました。

少しだけ、その方に流れを話して改札を出て、落ち着きたくてマックに入りました。

滅多に頼まないマックシェイクをちびちび飲みながら、どこでもない場所を見つめていました。

 

・・・平等だからね。VIPでもない一社会人のために無線アナウンスなんて使わないよね。

・・・待ってあげてなんて、言わないよね。公共の利益の方が優先だよね。

・・・でも、だったら

「間に合わない可能性が高いからやめておきなさい」

って言われる方が、体も心も、痛くなかったなぁ・・・

↑この時点で人生4度目くらいの松葉杖なので、松葉杖自体は慣れてます。

でもねぇ。それこそ松葉杖使わなきゃならない脚の状態ですもの。100m松葉杖ダッシュするだけで膝ガタガタしてましたよ。

なんだかよくわかりませんが、マックシェイク飲み終わる頃には目から汗が流れまくって、顔の表面がバリバリになってました(女のたしなみとは一体)。

 

平等という言葉、差別という言葉。そこには一般的に含まれる肯定的な意味や否定的な見解があるのですが。その言葉による行動が、むしろ逆の効果を生むこともあるのだと知った日でした。

 

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